なおぼうけん

日々を探検したり、掘り下げていきます。

2021-01-01から1年間の記事一覧

一口啜られる麦茶

生活 「はさみがない、はさみ、はさみ」 と、微かな声を出しながら部屋を徘徊する、赤い服を来た男がいた。 部屋は整頓されているけれど、ある場所は物が溜まっていて、ある場所は物がない。 だから似たような場所を行き来しながら、本やケースを持ち上げな…

僕は名前を知らない

生活 談笑する中年の女性店員たちの後ろで、ひたむきにレジの対応を行う彼女の名前を僕は知らない。 20時を過ぎた店内は、外と対して気温が変わらない。南瓜や栗の味のお菓子や、紫色のパッケージが店内を少しだけ彩っていた。 ポイントは貯めていない。彼女…

勝利

影 道路の方に目をやると、交差点を右に曲がろうとウィンカーを出した車を僕は捉えた。 赤い軽自動車だった。停止線に向かってじっとりと進んでいき、やがて止まった。 その左脇を1台の原付がするりと走っていき、軽自動車の前に出た。 その後のことは見てい…

買い物かごの夜

生活 イタリアンサラダ、豆腐、竹輪。いつものものがカゴの中に詰まれていった。 なぜパプリカが少し入っているだけでイタリアンサラダと呼ぶのかは、あまり疑問に思わないようにしている。 降りなさい、やめなさい、あぶないでしょと注意する声はもう遠くに…

同伴

影 「日替わり定食ふたつ」 「ひとつはごはんすくなめでお願いします」 カウンターに座り、いつもの日替わり定食を待つ僕のそばから、そんな声が聞こえた。今日はアジフライらしい。空は少し曇っていて、風は穏やか。気温は暑すぎない。心は凪いでいた。 隣…

Next stop is

生活 迷彩模様のような窓のシミの向こうに、自分の姿が見えた。外の光が入り込むと、誰かが触ったような跡がその上を覆う。 この電車は青梅行き。途中吉祥寺からは各駅に停まるらしい。何度見ても青梅行き。見てしまうことは、見たがっているという行為に含…

身に付く予定

影 はい、また来週火曜日同じ時間でお願いします。 お大事に、と声がするので頭を下げつつ、外に出た。なるべく声がしたら応えようと思うけれど、それが精一杯だった。カレンダーに、整骨院というタイトルだけの予定を書き入れた。 明日は友達と食事をする予…

2軍のタオル

生活 晴れた、そしてぼくは家にいる。他にやることの何よりも洗濯をしようという心地になった。 寝ぼけ眼をこする。そもそも他にやることなんてあっただろうか。 歯を磨き、顔を洗い、髪を簡単に整えてお茶を飲む。 休みの午前は何も考えずにTシャツに着替え…

街の方が合っていない

影 品川に向かう電車の窓の外を見ているつもりが、いつの間にか開くドアの横に立つ人の、しゃりしゃりと音を立てるコンビニの袋を眺めていた。 その中には、サラダチキンとゆで卵が入っていた。 こんがりと日焼けした肌。ジャージを身に纏い、彼は姿勢良くそ…

車窓

影 ごうんごうんという音を背中から浴びていた。 後ろではスタッフと思わしき人が、洗濯槽に洗濯物を入れたり出したりしている。扉の閉じる音が聞こえた。 生活音のリズムを感じながら、僕は窓辺の席で人通りや街路樹を眺めていた。 保育士さんに手を引かれ…

配管の上、皐月の下

影 「今年ももう6月、一年が経つのは早いですね」 チェーン店の中で流れるラジオDJが、そう言った。毎年耳にするセリフだ。 1月になったらあけましておめでとう、2月はもう正月は終わりで年度末がやってくるぞと、その勢いのまま3月を終える。 嘘はいけませ…

電灯の傘

影 夜の11時、街路を歩く僕は悩んでいた。前を歩く女性が、明らかに後ろを歩く僕に恐怖を感じている。 でもこの道を通らなければ、僕は家に帰ることができない。 そう言い聞かせているうちに、僕は3度も分岐を曲がり、そしてその3度とも、今前を歩く女性と道…