なおぼうけん

日々を探検したり、掘り下げていきます。

同伴

「日替わり定食ふたつ」
「ひとつはごはんすくなめでお願いします」

カウンターに座り、いつもの日替わり定食を待つ僕のそばから、そんな声が聞こえた。今日はアジフライらしい。空は少し曇っていて、風は穏やか。気温は暑すぎない。心は凪いでいた。

隣にお茶が2つ運ばれ、僕にはアジフライ定食が来た。お会計に向かうお客さんを、下膳をしていた店員さんが首尾よく対応してゆく。 またお願いしまぁすと店員さんが、というより僕はいつもおばちゃんと心の中で呼んでいる人が言うと、折が良かったように、また下膳をし始めた。

ここのアジフライは少しジャンクな味わいがたまらない。夢中で食べると早く食べ終わるから、少しゆっくり食べようと、不本意ではあるが気を散らした。

食器の積み重なる音と、フライパンが鳴らす弾ける音が店の中を満たしている。いつも通りの音だ。 厨房で怒られている人もまた、いつもと同じだった。どうしていつも怒られているのか、いつもわからなかった。 そういうものが組み合わせって、店内は淡々としていた。 おばちゃんが棚の上にあるテレビをつけたところで、アジフライ定食が2つ出来上がった。

隣に運ばれて来る、アジフライ定食。それを眺めていると、隣にいたのは男女の2人組だとわかった。 言葉遣いから、彼らは会社の同僚で、男のほうが先輩なのだろうと思ってみていた。そうであってほしいとみているのかもしれないが、それはその時はどうでもよかった。 男の方が話題を振って、質問したかと思えば話したいことを話していた。

3分クッキングが終わり、お昼の情報番組が始まった。最新美容家電、人気のスイーツ、今話題の施設。 今を時めくアイドルが興味関心を寄せるものをみんなで面白がっているようだった。 穏やかな海を眺めているような気持ちにさせられるほど、頭に浮かぶ言葉はなく、耳と目で淡々と何かを感じては、どこかに流し出しているようだった。 急に顔色を変えたアナウンサーが、このあと天気が急変するかもしれないという話をし始めた。

すると隣にいた男が急に声を大きくして、ゴルフの話をし始めた。

「ゴルフやり始めるのはけっこう簡単だよ、朝は早いけどさ、それはしょうがなくてさ」
「え〜そうですか?でも道具とか結構お金かかりそうだし、それに朝早く行くそのゴルフ場だって、けっこうかかりそうじゃないですか」
「まあね〜そんなに安くはないかもしれないけど、でもでも高くもないよ。週末に1万円ぐらい使うだけ。ほら朝早いから、前日早く寝るんだけど、今はやれていないけどさ、これまでは週末飲みに行ったりしてそれで結局それぐらい使ってたと思うんだよね。それがまるっとそうなったと考えさえすればさ、なんかよくない?」
「んん〜なるほどそう言われればですね〜」
「…さんもさ、どうゴルフ?ほら…」

段々と聞こえなくなるような感覚があった。注意が他に向いていく。 彼女は興味があるように話を聞いているようなところを、会話の節々から感じさせていたからだろうか。 僕にはそう感じたけれど、きっと隣の先輩はそうは思っていないだろう。いや、気がついているのだけれど、話を面白くしなきゃと、アクセルを踏み込んでしまっているようだった。

僕はテレビを見ながら、いまどきこんなカフェがあるんだ、と思いながら、2つ目のアジフライに箸を伸ばした。

サクッとした音が口の中で響いた時、そのリズムに、そういえばさ、と話題を転換する言葉が乗ってやってきた。

「最近さ、外出もできないわけじゃん、そういう感じの、政策っていうか、政治家が決めてるわけだけどさ。」
「はい」

後輩の合いの手はシンプルだった。そのほうが聞き手も嬉しいだろう、話したいのだから。

「昔はさ、と言うかちょっと前まではいろいろ飲み行ったりとかしてさ、なんか楽しかったし。そういうのがなくて今の子っていうか、大変だよね。楽しいことは減ってきて。営業やってても楽しいことないでしょ?定時上がりもないしさ、お客さんの付き合いとはいえちょっと高いお店に連れてってもらえたりとかないしさ」

営業なんだ、と僕は思った。そして、

「はい、そうですね、そうかもしれないです」

彼女の反応は大人のものだった。どうしようもない、というものでもあった。

「しょうがなくさ、今は行ってないよ?そういう女性がいるお店にも行ってさあ」

そのころの無秩序さが彼にとっては生きやすかったのだ。彼には生きやすかった。

そういう状態がなくなって、彼女は生きやすくなったはずだったのに。

こんな食事の同伴なんてやるために、彼女は入社したわけではなかっただろう。

ふたりとも生きにくくなってしまった。

「次は最新の台風情報です」

そう聞こえてきて、僕はテレビを見上げた。