なおぼうけん

日々を探検したり、掘り下げていきます。

一口啜られる麦茶

生活

「はさみがない、はさみ、はさみ」
と、微かな声を出しながら部屋を徘徊する、赤い服を来た男がいた。 部屋は整頓されているけれど、ある場所は物が溜まっていて、ある場所は物がない。 だから似たような場所を行き来しながら、本やケースを持ち上げながら、その隙間からはさみが見えないかを、彼は探り続けているのだ。

彼は赤い服を脱いだ。暑くなりそうだったからだ。 黄色いTシャツの裾を持って、それをはためかせながら窓の外を眺めた。 最後にどこに置いたかを、それ以前に、何に使ったかを思い出そうとしているのだ。 もう家を出て、途中のコンビニで買ってしまおうかと思っていたけれど、 同じ理由で集まったであろうスティックのりとホッチキスがさっき顔を覗かせていたのを思い出し、 何も無理することはないのに、今日こそはと彼は奮起していたのだ。その興奮を抑えるように、推理という冷静な手段を彼はとったのだ。

ついでに見つけた団扇を手に取って額の汗が引くまで彼は煽いだ。

洗面台の鏡の前に彼は立った。制汗スプレーを手に取り、使った。髪を少しだけ整えて、その時眉毛を一瞥した。 それがどうしてか、気になった。整っていないからではない。そこまで細かいことを気にするほうではなかった。 その後に眉切りばさみに目線が動いて、でもそれを手にすることなく、彼は思い立ったかのようにはさみを探し始めた。

もう手で紙を切ってしまおうかとも考えていたが、一旦喉から落ち着きたくなった彼はお茶を飲むことにした。 冷蔵庫の扉を開けて、麦茶の入った容器を取り出す。あと2杯分ほどしかない、その麦茶の量が彼は気になった。 一息で飲み干し、彼は机に向かった。

切るはずだった紙を丁寧に、半分に折った。ペンの裏で折り目を強くつけた。

また洗面台まで行った彼は、髪をヘアゴムで縛り上げ、そしてまた、眉切りばさみを見た。 目線を自分の顔に戻した。何かが撥ねた白い跡が鏡についている。机まで戻ると、切られた紙をファイルに入れ、そしてバッグに放り込んだ。 家を出る予定時刻はもう過ぎていた。

家を今まさに出ようという気持ちができていたのに、彼は足を止め冷蔵庫から麦茶を取り出した。 残っていた麦茶をコップに注ぎ、そして容器の蓋を開け、彼は水道の水を流し入れた。 冷蔵庫から取り出した麦茶のパックを入れると同時に蓋を閉め、冷蔵庫に仕舞い込んだ。 素早い動作だった。

彼はゆっくりと麦茶を一口啜った。ほどなくしてドアの閉める音が部屋を響かせた時、半分以上残っていた麦茶が、コップの中で微かに震えた。