なおぼうけん

日々を探検したり、掘り下げていきます。

電灯の傘

夜の11時、街路を歩く僕は悩んでいた。前を歩く女性が、明らかに後ろを歩く僕に恐怖を感じている。 でもこの道を通らなければ、僕は家に帰ることができない。 そう言い聞かせているうちに、僕は3度も分岐を曲がり、そしてその3度とも、今前を歩く女性と道を共にしたのだった。

もちろんついて行こうなんて気は毛頭ない。こんなことは3年もこのあたりに住んで初めてのことだった。僕はただ、自宅である2Kのアパートにまっすぐ向かっているだけなのだから。

だがそれでも曲がってなお現れる背後の男に、昨今不安を覚えぬ人はいないだろう。鳴りを潜めるような佇まいでいるのもおかしいかと思って、時々手に持っているスーパーの袋を持ち替えたりした。しゃりしゃりとした音が少しだけあたりに響く。

家に向かいたい。変に思われたくはない。

僕という人は不思議なもので、家が近づいてくるとトイレに行きたくなってくる。だから買い物の前にトイレに行っておけば、と、この道で何度も自分に言い聞かせたことがあった。

人としての尊厳だけは保ちたい。そう目的意識が移ろいでくると、さっきまで前を歩いている方を不安にさせぬようにと考え、行動してきたやり方もまた、気がつくと変わっていてそれを抑え込むような挙動に変わってきた。

いっそ追い抜いてしまおうか。いや、だが・・・ここまで来て急に足早に距離を詰める行為は反則だろう。 走るなんて論外だ。少し足早になっている。落ち着け、それで我慢できるってわけでもない。息を整えて、一歩一歩、慎重に。 ・・・よし。そうだ、それでいい。

催した時の焦燥感が遠のいてくにつれ、冷静に考えているような、怒りがそうさせているような、もはや悩んでいることすら、為すつもりのない罪や疑いの反証を作っているようで嫌になった。

不意に、電灯の感覚が遠い場所に着いた。前を歩く女性の背中が闇に消えていく。電灯の明かりが、地面に流れていくのを様だけが眼前にあった。

それは不思議な安心をもたらした。もう、彼女はいなくなってしまって、会うことはない。そんな気がした。気がしているうちに、彼女の背中がぼうっと前に現れてきた。今になって、初めて花柄のワンピースを着ていることに気がついた。あまりに綺麗な服だったので、今日はデートだったのだろうかなど邪推もした。そしてまたすっと、その背中が消えていく。 2、3回だっただろうか。やがて背中は現れなくなった。

それまで明かりを落としていた、電灯を見上げた。真上を向いてくるにつれ、光が目により染みてくる。ただ真白の丸が見える。見えるというより、そこにある。見上げながら、ただ前に誰かが居て、僕が歩いていたこと、ただその時のリズムを想った。

きっと僕は彼女にもう会わない。それでいい。もう会わないかもしれないからって、悪いとも嫌いだとも思わない。また会うかもしれないけれど、また会ったからといって、良いとも好きとも思わない。きっとそうだろう。

忘れていた焦燥感が蘇った。僕は焦って道を走り始めた。