喉元を通れば熱さを忘れる
残暑はもう終わりました
佇まいは穏やかで、その戸を引くまではサラリーマンでごった返しているなんて想像もしていなかった。 一様に白いシャツを着ていて、サンダルにTシャツの僕をまるで学生でも来たかのうような目で、彼らは見てくる。同じ服を着ている方がどうかしていると思うのは、この空間できっと僕だけだ。
開いたカウンター席に腰掛けるとすぐに注文を聞かれたので、唐揚げ定食を大盛りでお願いします、と答えた。向かいの板場で、おそらく大将が小言を言っていた。忙しなく動く店員さん達はあまり快く思ってはいないだろう。そう言ったってしょうがないでしょう、という思いを、はい、という言葉にのせて応じているのがなんとなくわかった。その向こうで、テレビが新首相は誰かという話題で盛り上がっているのが見えた。
料理を出す、お会計をする、お客さんが来る、下膳する。大将の小言がアクセントになって、空間に疲れが満ちていた。
程なく隣にサラリーマンの二人組がきた。アジフライ定食と唐揚げ定食を注文すると、机の上に財布、スマホ、マスクを並べ、沈黙を避けようと話題を探し始めた。
「ところで今日は新首相が決まるんだ、お前、知ってたか?」
「...いえ、知りませんでした。どこで見たんですか?」
取り留めもなく、ただ会話は続いていた。
すると唐揚げ定食が来た。その隣の二人組の方に運ばれていったので、きっと大盛りは後なのだろう、と思った。新首相について詳しい方が食べ始めた。
すると板場から小言が聞こえた。
「間違えて怒られたらどうするんだ、配膳ぐらい確認してちゃんとやれよ」
誰の何のことを話しているのか、すぐに理解した。すぐに僕のところに確認に来た時、新首相に詳しい方がハッと顔を上げ、僕の方を見ているのがわかった。
これだけ忙しければ間違えることはやむを得ない。まして小言を言われるストレス下ではやりにくさもたくさんあるだろう。そう思うことのほかない。はい、唐揚げ定食です、と答えると、そこにいた人が全て、目を背けた。
少しして、普通の唐揚げ定食がきた。
食べ終わり、お会計を済ませ外に出て、戸をしめた。入る時と同じ、静かな店だった。
危うきに近づかず、とでもいうのだろうか。皆が一様に気を使う様子が漂っていたことを思い出し、なぜか少し、可笑しかった。