なおぼうけん

日々を探検したり、掘り下げていきます。

見上げた空に

残暑はもう終わりました

日向に出るのが躊躇われるような外の世界に足を踏み入れた途端、側を一台の自転車が通り過ぎた。 危険を感じる間も無く、彼は誰かが注文したであろう食事を運んで行った。

こういう日は何をどうしても気が立ってしまう。 次第に人の目を見るのをやめ、誰もが嫌がらせをしているように感じてくる。 誰とも話す機会のない今日、それを断ち切るきっかけもない。

するとそこにマンションの管理人さんが現れた。

「最近入った人だよね。ゴミ捨て場の鍵は知っている?」

「いえ、知らなくて困っていたんです。」

「そうだったんだ。不動産業者は何やってんだよほんと。って、それを一番君が思ってるか。」

そう言って彼は笑った。ついでと言って屋上の鍵の番号も教えてくれて、知らないことがまだあったことを、そこで知ったのだった。 相談があればいつでも言ってくださいね、と最後に言ってくれたのに応え、その場を後にした。

相談をうまくできたことがこれまでの人生であっただろうか。コンビニへ向かう道中に、思いを巡らせる。 僕には自分でできるかを試してみたくなる気持ちがあり、それが邪魔をして、足踏みをしてしまう経験の方が多かった。 余計に自分を信じているところがあった。 あの時もそうだった。

蝉の音が耳に刺さるような道場で、巻藁に向かって弓を引く。 高校生の僕は弓の練習をするために、しかしイップスに苦しみ、的ではなく巻藁という対象に向けて弓を引くことで、それを克服をしようと励んでいた。 ただ巻藁に向かっていれば。ただ毎日、時間をかけて取り組めば、いつか克服できる。そう信じていた。 フォームを整え、それには特に課題がないと過信し、誰の意見にも耳を貸さず、時に指導を頼めばその時欲していた言葉のみを拝受していた。

巻藁に向かい、矢を放った。刺さった矢を引っこ抜き、体にずしんとした疲れを感じた。

見てくれだけ気にして、中身を気にしない怪物だった。

そのまま3年の春が来た。僕はスターティングメンバーに選ばれず、試合を前にして高校弓道の引退が決まった。 選手をフォローする役回りにあたり、それから1ヶ月、チームのサポートをしながら、その傍らで少しだけ自分の練習をした。 不思議と重圧のようなものを感じなくなった一方で、向かう場所も見失った僕は、練習をする意味もわからなくなっていた。

サポートはなぜか効果的に働いた。チームの雰囲気は次第によくなり、勝ちも積み重ねることができていた。 気がついた時には県大会の決勝まで勝ち進んでいた。

だがその時だった。決勝を目前にした時、チームのメンバー全員の表情が変わった。明らかに空気に飲まれている。 どこを見るでもなく、ただ僕の顔をすがるように見ては、やり場のない気持ちを紛らわすように体を動かしていた。 そして僕はそれに対しては何もすることができなかった。

決勝は負けるかもしれないと過ったものがそのまま表出するように負けた。何人かのメンバーが泣いている中で、僕は涙ひとつもなかった。 ただ何もできない自分がそこにいる、ということだけがはっきりとわかっていた。

試合には負けた理由の他に、勝てなかった理由もある。 はっきりと何がこれに当てはまるかを知る術はもう無い。ただあの時、勝てなかった理由は1つはっきりしていた。

勝った後の自分たちの姿を思い描くことができていなかったのだ。 ましてサポートに回り、自分自身の技術の向上を諦めた僕には、それに対処することも、考えが及ぶこともなかった。

井の中の蛙は大海を知らず。だが空の青さを知る。あの時、その心意気だけはあった。 きっと今もそうだ。 その感覚が今なお、まだどこかに根強くあって、自分の力を抑制している側面がないだろうか。

コンビニでお茶のペットボトルを眺めながら、もう十数年前になる過去を思い出していた。 やりたいことをやる、それは良いことだ。 そのやり方には個性があって、と自分のやり方を認めることもあるだろう。

個性とはよく言ったものだ。ただ歳をとって改善することを諦めただけなのかもしれないのに。

見上げた空には厚い雲が掛かろうとしていた。