方角・踊り場・剔る
2020/08/12
方角(Direction)
方向音痴なのは道を覚えようという気がさらさらないからである。あっちにいけば着くだろう、どこを通ったって構わない。そういう慢心にも似た気持ちがどこかにある。
必ず「あれ?」と思う時が来る。そんなことはとうにわかっている。
案外人の言うことに耳を傾けている。どうしてそっちにいくの? どうしてそうしたの?
その質問にあなたも答えられるのだろうか。答えにならぬ問いを立てた時、相手の口から自分の本心を言って欲しいと思うことはないか。
大学に無事ついた。時間もばっちり。ほら、問題ない。
踊り場(Landing)
シャンプーを洗い流すシーンを自分で見たことがないが、きっとこんな風に水が落ちてくるのだろうと思わせるようなほどの雨が降っていて、その間を潜るように落雷がひしめいていた。 階段の踊り場で、僕はそれを眺める。濡れずに済む場所はほとんどない。その濡れない場所に立って、紅茶を飲んでいた。
その休み時間の間に一枚も二枚も企画書を書いている同級生がいたと知るのは、もう一日立ってからのことである。 多ければいいと言うことではないが、質も伴うもので、何も言い返す言葉もない。
昔から人のいない場所が好きだった。何をするでもなく、ただ楽な気持ちになって、何ものかを眺める。
目を閉じてもあの日に戻れることはない。そういうレベルの見るを過ごすこの場所は、まさにこの瞬間のためにしかないのだ。
教室に戻ろうとドアを開けた。その閉まる音が聞こえると、さっきまで見ていた風景もほとんど忘れていた。
剔る(Gouge)
家に帰るとすぐに着替えて、外に出た。走って汗を流す。 ここを走るのもあとわずかという思いがあって、ここに来た時はまさか自分が走るだなんてという思いもあって。
額から流れる汗が頬を伝う。どうしたらいいかわからずに煙草を吸って酒を飲んで気を紛らせた20代の日々が脳裏を過ぎる。
公園に着くと雨で土が剔れていた。それを脇目に、ただ走り続ける。 拭きれない汗が地面に落ちていく。
どんな時もかいたその汗が、石を穿つ時もある。
そう信じてしまうのか、そう解釈してしまうのが性なのだ。
それでも僕たちはただ走り続ける。