なおぼうけん

日々を探検したり、掘り下げていきます。

洗濯量・ビビッドカラー・往還

2020/07/18

洗濯量(Load of laundry

一度に乾かすことのできる洗濯物の量には限界があって、梅雨の時期はそれを誤っては洗濯物の量を増やしてしまう。

溜まった洗濯物を半分取り出して洗う。ただ上から取り出すだけだと、残りの半分はいつも同じ面子じゃないかと思うから、少し頭を使う。 洗濯槽に洗剤を入れてスタートボタンを押したあと、洗いのモードで動く槽を少しだけ眺める。見るからに泡立つというわけでもないので、洗えているのか、と少し疑問を持つ。

頭を洗っている時、しっかり泡立たないと不満に思うあの時に少し似ている。

思い出したようにごみをまとめて、ソファの上に散乱する服や鞄、本を片付ける。流れの中で服を着替えた。部屋の窓から曇りがかった空をみて、気持ちのいい写真は撮れないだろうなと思いつつイヤホンをつけた。気持ちのいい、がどうして青空に係るのだろうと少し思った。14時ちょうど、気温は24度。不快でもないが、快適でもなかった。

『怪我をしない走り方は、きちんとお尻で力を受けて、・・・』

整骨院で教わったことを思い出しながら、通りを走り始めた。川面に映るスカイツリーがいつもよりこちらに近づいているように見えた。

ビビッドカラー(Vivid color)

明度、彩度、色相。これらの組み合わせで出来上がった色を言い表した時、「明るい」が指す表現は例えば明度だけによって印象付けられるものではない。そのためにトーンという概念があり、このトーンのなかで比較的刺激的な色味の集合に対し、ビビッドという言葉を当てている。感覚的なものだけれど、テレビなどによって一般的になった言葉だと思う。

そしてこの色を好みやすいのが僕だ。選ぶ色も、そうした色合いになりやすい。もっとも、先生には「渋い色合いが得意だ」と言われたため、選ぶからといって得意ではないのが難しいところだ。

目を引く色なのだ。それがあると、それを見てしまう。

それを見たのだと気づいた瞬間、その周りを見れた時。いわゆる地味な色なのか形なのか、それを見た時、やった、という思いが湧く。 見られたそれに僕が見られているような気分になる。

街を走りながら、僕はかくれんぼをしている。途方もないようでなぜか清々しい。 見たことのある街にまだ気づいていないことはないかと、何かの仕上げをしているような感じがしたからだ。

掉尾を奮うように走り続けた。

往還(Thoroughfare)

色んな人が街を歩いていて、前や後ろを見て誰もいないことが滅多にない。その中で暮らしていると、立ち止まってしまうのは誰かに迷惑をかけることになるんじゃないかと不安に思うことがある。

それで写真を撮るのをやめたことが何回もある。

そういうことが周りでもよくあるのかもしれないと思う。街で立ち止まっている人を、待ち合わせ場所以外であまり見たことがない。何か目的を持ってそこに立っている人ばかり見ている。

実際にはそこまで気にされないものだと知ったのは最近のことだ。

耳に何かを嵌め込み、画面を覗き込んで歩く人の中を僕は歩く。